歳をとると次になかなか寝付けないぞと

案の定、年甲斐もない徹夜が祟り、整体に向かう道すがら、リハーサルに向かう電車の中で、はたまたリハーサル帰りの車の中で何度も意識を失いかけながらも、なんとか自宅に辿り着き、抱きかかえられたその腕の隙間からこちらを眠過ぎて仏頂面でジーッと見つめたまま、リビングから寝室への階段を運ばれてゆく娘を「Oh! ジュリエット〜! ジュリエット〜〜〜ッ!」と床に倒れ片手を伸ばして見送った態勢そのまま、床暖房で温もったリビングの床に零したアイスクリームの如く溶けて寝てしまい、携帯電話のメッセージ着信音で目を覚ました午前0時。

明日というか今日は、長野の友人の店の周年記念ライブにお邪魔するので、必要な荷物を準備しなければと、家族を起こさぬように静まり返った自宅内のあちこちをソロリソロリと泥棒のようにうろつきながら準備を整えてゆくその背後で、「あれやこれや言い訳を並べず、伝える者として最低限でも今出来る事はやっておきなさい」と、怠け者の背中を優しくポンッと叩いて押し出してくれる見えない力に、前につんのめりそうになり、危うく物音で家族を起こしそうになったぢゃないかバカ。でもありがとう____。

驕らず僻まずケセラセラ

たとえ年の瀬だろうと、こちらの否応関係無しに憂いはやってくるわけで。それでもやっぱり笑っている方が良いので笑っている。あの日アナタと交わした約束通り、驕らず、僻まず、ケセラセラ。
さて、今日は朝から晩まで忙しい。寝不足でも頑張りマッスル___2点。

"いつかまたアナタに逢える その時まで
やっぱりボクは約束通り 笑っているよ
だからきっと二人出逢えた 逢えた時には
少しだけで だけでいいから 泣かせておくれ"
__________『La・La・La』より

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鼻水家族

急に寒くなったりと思ったらまた暖かくなったりで、ただでさえ体調を崩しがちな季節なのに、それに加え、先月から保育園に通い始めた娘(1歳1ヶ月)が、否応無しに風邪を貰ってきてはうつしてくれるおかげで、ひとつ治ったと思ったらまた喉が痛い痰が絡む咳が出るの繰り返しの中、長野の知り合いの店で開かれる周年記念ライブの用意をしている今日この頃。

娘の為に買ったハンディタイプの『鼻水吸引器』が吸い出す量よりも、その小さい鼻の穴から「これでもか」と出る鼻水の量が圧倒的過ぎて、ハンディタイプはもはや過去の遺物となり、コンセント差し込み型のちょっと本格的な『鼻水吸引器』を1ヶ月ばかり出しっぱなしで毎日何回も使用し、「嗚呼、やっと治ったねよかったね」とようやく箱にしまった2日後には、またネバネバの鼻水が付いた上唇を舌でペロペロなめながら娘が「だーー」とその身をこちらに投げ出してくるので、ボクの部屋着の彼方此方は彼女がくれた乾いた鼻水でカピカピなわけで。

普通、幼児は鼻水吸引器を嫌がるもの。
娘も最初の数回は顔を振って抵抗していたのだけれど、吸引器の空き箱に載るニコニコ顔で金髪白人の母親に吸引されている、白人特有の目がクリクリッとした『これぞモデル』の赤児を指さし「ほーら、こんな赤ちゃんでもニッコニコで上手に出来るのに」と何度か騙しているうちに、「目がクリクリッとした愛くるしい赤児」に負けたくなかったのか、その小さな目を思いっきり開けて吸引器に自分の鼻をソロリソロリと近づけてくるようになり、今では空き箱の写真を見せなくても、自分から鼻を近づけてくる。もちろん、途中で逃げ出そうともするけれど、その都度、「あれー? あの赤ちゃんは上手に出来るのに」と再びライバル心に火をつけてやると、プイッと向こう側に向けていた鼻の穴を恐る恐るこちらに差し出してくる。オマエはいったい何と闘っているのだ? 風邪と闘え風邪と。と、心の中では思いながらも、上手に出来た後は、当の娘がウザがるほど褒めて褒めて褒めちぎるのだよ。

で、丁度自分も鼻の奥で鼻水がジュルジュルしっぱなしなので、スッキリした様子でキッチンの方にヨタヨタと歩いてゆく娘の背を眺めながら、試しに自分の鼻の穴に突っ込んでみたら。
___痛い。
鼻の粘膜にあたると大人でもちょっと痛い。これを我慢してまで、自分から鼻の穴をこちらに差し出す娘1歳1ヶ月の健気さに感服しながら、鼻の穴に吸引器を突っ込んだまま、ガーーーとモーター音を轟かす吸引器本体のつまみをそっと「弱」側に捻る根性なしの休日____。

人相なのか服装なのか

もうすっかり暗くなった夕方、ほぼ毎日のように保育園にお迎えに行き、何故だかなかなか開けて貰えない自動ロックの玄関の向こう側で、こちらを指さしながら顔を見合わせてヒソヒソと話す保育士さんたちの様子を、舌打ち混じりの寒空の下で薄目で眺める11月____。

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注射よりも痛いぞ

2000年から18年間続いたパンコール島での越冬暮らしも、娘の誕生により去年で途切れたわけで。いや、正確には去年2018年の1月から3月まではパンコール島に居たので、今年行けなかったのだよ。なので来年は行くよ。さすがに2、3ヶ月は無理というモノで、たった一週間ほどだけれども、それでも行くよ娘も連れて。

という事で、『1歳の予防接種』の注射をその細く小さな腕に4本も打たれ、痛さの余韻に泣く娘を両手で抱きかかえながら、医師に渡航の旨を伝え、どのような予防接種を受けて行けば良いかを尋ねるも、よくよく考えれば18年間予防接種の1本も打たず、現地で耳の鼓膜を破ったり、強盗団にナイフで腕をパッカーンと切られたり、脚が腐り始めて緊急手術を受けたり、原因不明の高熱が出たり、その他にもいろんな事があったけれど、結果大丈夫だった自分の遺伝子を持った子であるし、これ以上、注射の時に自由を奪うかの如く強い力で押さえつけた我が顎の下で聞く娘の泣き声は、注射を打たれる本人よりも痛いので無しでも良いかなー、とうっすら思い始める土曜日___。

無駄使いの防備録

昨日から今日までの出来事。

怠け者の自分とは違って働き者の愛機iMac(人間で言えば70歳を少し過ぎた前期高齢者)が最近よくぐーるぐーると目を回して仕事にならんので、ならばメモリを増設してやろうと、欲張って『容量オーバーのメモリ』のメモリを買う。これが第一の間違い。出費約7,000円。

案の定、iMacは起動もせず、メモリを認識していない時に発するビープ音が繰り返し繰り返し狭い仕事部屋に響く。おじーちゃんに大量のバイアグラを飲ませようとしても、「あががががが」と口もとで抗っているようにも見える。仕方が無いので、容量オーバーのメモリを抜き、もともとiMacに挿してあったメモリを挿し直すもまたもやビープ音。なんで?とおじーちゃんのうなじを強くチョップするかの如く、強制的に電源を落とし、今挿し直したメモリを抜こうとするも抜けないので、ラジオペンチで引き抜く。これが第二の間違い。

メモリの差し込み口に埃でもたまっていて、メモリを挿した時にその埃がさらに奥に詰まったせいで接触不良を起こしたのだろう。だったらエアダスターで吹き飛ばしてやろうと、エアダスターを探すも無い。かれこれ18時間以上仕事をしてフラフラの身体にムチ打って新宿東口の某家電量販店までエアダスターを買いに行く。出費約1,000円。
帰り道、多くの中国人観光客の大声に、寝不足の脳ミソと身体が耐えられそうに無かったので、ついタクシーを拾って自宅まで。出費約500円。

仕事部屋に戻り、iMacのメモリ差し込み口にエアダスターをひと通り吹きかけ、メモリを射し込み直すもやはり起動せず。嗚呼、これでは仕事の納期に間に合わない。どーする? どーする? 寝不足に焦りは禁物と、今なら解るがこの時は解らなかった。
「そーだ! 容量オーバーのメモリに合うiMacを中古で買えば良いぢゃないか! 」
もう一度言う。寝不足に焦りは絶対禁物。
そもそも70歳過ぎのおじーちゃんにしか適合しないバイアグラを買ったので、中古を探すと言ってもやっぱりおじーちゃん。これまた旧型のiPadを使ってwebで中古屋を探しまくり、その中でようやく探し出して買った。いや、買ってしまった、わずか2歳ほどしか歳の違わない、これまたおじーちゃんを。これが第三の間違い。出費約60,000円。

注文した中古のiMacがすぐに届くわけでもないし、寝不足の自分も目の前のiMacもこの有り様では仕事も捗らないので、とりあえずメモリが壊れたのか差し込み口が壊れたのか1枚ずつ検証してゆくしかなく、途方もない作業の果てに出た結論。どうやら、もともとのメモリを引き抜く際にラジオペンチを使ったせいで、メモリが1枚壊れている模様。
残りのメモリでなんとか起動したものの、たかだかメモリ1枚認識しない程度でと思うなかれ。起動もwebの表示もすべてがノソノソとしていて、こと、仕事で使っているアプリの処理速度に至っては、今まで膝立ちでもなんとか仕事をしてくれていたおじーちゃんが、寝そべった状態で手足も使わずに移動しようと藻掻くが如く遅い、遅すぎる。というか心配になる。

けれど、差し込み口は大丈夫だったわけだから、あっ。ここで初めて気づいた。同じタイプのメモリを買い直せば良いだけの話ぢゃーないか。と、新しいメモリをAmazonでポチッとな。出費約7,000円。

そして本日。
僅か2歳若いおじーちゃんiMacが届くよりも先に新しいメモリが届き、それを現在のおじーちゃんに射し込むと、ドゥーン。なんなく起動。メモリも多少増やしたので膝立ちどころか、中腰で働けるまでに。おじーちゃん完全復活!!

さて、目下の課題は、明日届くであろう中古のiMacをどーするか。最新型、もしくは割と型の新しい中古ならまだしも、僅か2歳しか若返っていないおじーちゃんだもの。
ワクワクするわけがない____。

幸せのため息

公園の散歩道でその小さい手をこちらに伸ばして握って来る時。
まだ思い通りに動かない両手を一杯に広げ、泣きながらヨタヨタと近づいて来る時。

『ダメな父親』でも『バカな父親』でも良い。うっすらとでも良いからなんとか娘のその記憶力が発達するまで、頑張って1日でも長く生きなければと強く思う。強く思うのだけれども。

「次、ゾウさん出てくるで。ほら、出て来たやろ。次はシマウマさんやね。ほらね。父ちゃん予言者やし。」

今朝観たばかりの『おかあさんといっしょ』を録画したDVDを観ながら、キャッキャッと手を叩いて喜んでいる姿を見ると、どうやら先はまだまだ長いようで___。

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不毛な遊びとバカ親子

更新がずいぶん久しぶりになってしまったのだけれど、それにはいろいろ事情があるようなないような。

さて、前回の更新から高知への帰省が2回、人前で唄う事数回、そして今年で28年目の沖縄・伊平屋島にも行って来て、まぁ相変わらず他人様の前で唄う事も稼ぎも、どちらも少ない日々を送る中で、家族が寝静まった夜中に仕事をした後、朝からリビングにゴロリと寝そべった怠け者の態勢で、今月半ばで生後10ヶ月にもなるのに未だずり這いで近づいてくる娘にTシャツをめくられ、ヘソの穴にその小さい人差し指を入れられる度に「マジンガーZ!」と押しボタンが付いている人形みたいに連呼しなければいけないのと、乳首を全力で捕まれる度に、これが赤児と舐めていたら禁物で乳首が赤くなるほど痛いのだけれど、その痛みに耐えながらショッカーの戦闘員みたいに「イーーーッ!」と叫ばなければならないという、そんな何処がゴールかも分からない終わりの見えない不毛な遊びを教えてしまった後悔に苛まれながら、昼前には眠気が襲ってくるのだけれど、今日は寝られない。
何故なら今日は、狭い駐車場でプール遊びの日だから。

あ、上の階から下ろされてきたので今日はこの辺で、ぢゃ___。

さらば、愛しきロックカメラマン

彼と初めて出逢ったのは、新宿2丁目『姫』のカウンターではなく、もっと昔、今から30年も前、渋谷の道玄坂を上った百軒店の奥にあるスナックにボクが毎晩のように入り浸っている頃だった。
世話になっていた店のマスターから「カメラマン」と紹介された彼は、パンチパーマを膨らませたようなアフロヘア、鼻の下には黒々とした口髭を蓄え、昭和ヤクザ風なスーツ姿に身を纏った出で立ちで、如何にもアウトローな「業界人」の匂いを店内に放っていた。

それから約10年を経て、彼と再会したのが新宿2丁目『姫』だった。あれだけフッサフサだった髪の毛は、まるで帽子を脱ぐかのごとくスポッとまるごと取ったかのようなその風貌と、モダンな和装風な服装に、最初はあの「バリバリの業界人」の彼とは気づかなかったほど。けれどやっぱりあの頃と同じで、酒が大好きで、けしてお喋りな方ではなく、時々隣人の話題をその飄々とした独特の口調と笑顔で評しては、また大好きな酒を少しずつ口に運んではニヤニヤしているのは変わりなく、その上に今度は「世捨て人」感まで身につけていた彼。

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「俺みたいな終わったカメラマンが言うのもなんだけどさ、ツカサはその殻を破んなきゃダメだよ、破れるんだからさ。」

酒の席でボクの話題になると、直接ボクに何かを教えたいけど、いつも遠回しな口調になってしまう彼は、その頃のボクの瞳には「若い奴を無責任に諭したいその他大勢の大人」にしか映らなかった。
それが何故、こんなに長く付き合い、一緒に沖縄の離島に通うようになったり、一緒に墓参り旅行に行ったり、自宅に招いたりする仲になったのかは、新宿2丁目『姫』の常連メンバーなら誰でも知っている事で、彼がボクのライブに欠かさず来てくれて、時々彼独特の言い方でアドバイスをくれたり、アル中で震えるその手で「上手く撮れねぇんだよなー」とやっぱりニヤニヤしながらカメラに収めたブレブレの画像を見せてくれたり、酒の席で誰かが揉めると必ずあの独特の笑顔で割って入る優しさだったり、痛風持ちのくせに大好きな酒とエビをしこたま喰らい、案の定翌日に片足を引き摺りながら「痛ぇなやっぱり」とやっぱり皆に笑顔を見せてくれたり、時折現役の頃を思わせるような鋭い目つきで何かを想うその姿も、ここでは書けないプライベートな事情も含め、彼の優しさ、生き方すべてが「自分のケツは自分で拭く」ロックそのものだった。

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「相変わらず調子は良くねぇけどさー」と笑いながらもやっぱり酒を飲む姿を隣に、この人は決して病院のベッドでは亡くならないであろう、しかも亡くなった事を仲の良いボクらも含め誰にも知らせないであろうと常々思ってはいたけれど、そんな彼が年末に手術入院した事や、先日、某県の道の駅に駐めてあった彼のキャンピングカーの車中で遺体として見つかったという知らせを人伝に聞いた時、淋しさと同時に「自分の死に際を誰にも見せない」彼らしさに納得してしまった自分がいる。
きっと「今頃見つけたの? 遅ぇよ」と、してやったりのニヤニヤ笑顔を浮かべているに違いない。

大丈夫、アナタの意思も俺は継ぐ。
ただただ心残りなのは、痛風の話題で盛り上がれる仲間が居なくなった事と、華も咲かせず枯れゆくアーティストをこよなく愛してくれたアナタに自慢させてあげられなかった事か。
さらば、愛しきロックカメラマン。いつかまた逢うその日まで____。

コタツ亀

この冬は暖冬だったと皆が振り返る3月の始まり。
これも一重に10年振りに日本で冬を過ごした『自称・南の島男』たる自分のおかげだ感謝しろ、こっちは例年に比べどれだけ暖かろうが寒いもんは寒いんぢゃと、コタツの中から首だけを出した姿で憎まれ口を叩く日々。嗚呼、またこのままコタツで寝てしまう背徳感がたまらない___。

ビニールハウスベイビー

「乳幼児の為に室温を24度ほどに保ちましょう」
という、自分のような昭和の人間からすると『単なる甘やかし』にしか聞こえない昨今の育児アドバイスに対し、「自分らの時みたいに赤子なんぞ重ね着重ね着でモッコモコにしとけばいいんぢゃ!!」と口では言うものの、それでもやっぱり可愛い我が子がクシャミのひとつでもしようもんなら、すぐにその小さい両肩を優しく摩る親バカな自分は、我が子が生まれてから今までの約3ヶ月間、ずっとリビングの床暖房は24時間付けっぱなしの上、補助の為にエアコンも暖房24度設定で稼働させ、加湿付き空気清浄機も24時間フル稼働で常に湿度を一定に保ち、夜になると新しく購入したオイルヒーターが温めてくれた寝室へと抱きかかえられてゆく我が子を見送り、そのままリビングで寝る暮らしが続いている。

おかげで先月の光熱費は、一般家庭(家族4人)を遙かに凌ぐ請求額のお知らせが届き、自分の財布からそれらがヒラヒラ〜っと飛んでゆくと思うと、切ないとか哀しいとかでなくて、もうポカンとね、そうポカ〜ンと放心状態になるのだけれど、これも子供の為、近い将来には横目で「臭い、ウザイ」と言ってくるであろう我が子の為なのだと、生まれて初めて見返りを求めぬ本当の愛に気づかされた今日この頃。

ちなみに都市ガスは床暖をずーーーっと付けっぱなしにしておくと、外のメーターのガス漏れランプが赤く点滅するのね。ガス屋さんからのお知らせで知ったので、この3ヶ月の間、いつから点滅していたかは分からないのだけれど、遠くから見ても分かるくらい、暗闇の中でうちだけチッカチカ派手に点滅していたのだよ。
乾燥しまくっている季節。皆様もお肌のケアと火の元にはくれぐれもご用心を___。

2019スタート-疼く心に蓋をして-

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新年の挨拶もせぬままに大変申し訳ないです。
今年も宜しく。
ボクもアナタも楽しい嬉しい事ばかりではないけれど、もしもライブで、街角で、旅先で会ったらお互いやっぱり笑い合えたら嬉しいです。

さて、一桁の最低気温が当たり前の寒い寒い今日この頃。
例年なら18年間続けたマレーシア・パンコール島へ2〜3ヶ月の越冬に出掛ける頃なのだけれど、今年は、我が腕の中で、慣れぬ外気と陽射しにつぶらな瞳をさらに細めるこのチビの為に、「じゃあ行ってきます」というわけにもゆかず、疼く心がカタカタと我慢の蓋を揺らす日々の中、パンコール島を始め、多くのマレーシアの友人たちから「暫くはそっちでベビーシッターやっとけ」と、SNSやメールでくれる、そんなからかいの言葉が温かい1月吉日___。
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喜びと憂いの狭間で

_神様は公平なのか不公平なのか。

今年、この歳で子供を授かった喜びと同じくらいの憂いがあり、正直、どのような心持ちで新年を迎えていいのか分からない。


神様は乗り越えられる者にしか試練を与えない。

昔、ボクの尊敬する先輩がくれたそんな言葉を杖に、家族全員に降りかかったその憂いのひとつひとつを、明日からも家族全員なるべく笑顔で乗り越えてゆこうと。


アナタもなるべく笑顔でいて下さいまし__。


追伸、あとで書き直しますね(笑)

生まれた時から反抗期

この歳で娘が生まれ、寝不足の日々が始まり早数週間。
やはり体力的に辛いのだけれど、そんな辛さも娘の表情で癒やされると思いきや___。

生物学的に、餌の匂いのするモノを見る時には瞳が大きくなるようで、乳臭い香りを身体から発している嫁に抱かれている時の娘の表情は可愛い。そりゃそうだ。10ヶ月も一体化していたのだから安心もするし、なにより彼女にとって嫁の腕の中は即ち餌場なのだから。

それに比べ、クソの付いたオムツ越しに、寝つかずにグズって振り回している自身の小さな腕越しに、自分の意思とは関係無く服を脱がされ、全裸で泡まみれにされた挙げ句、心の準備も出来ていないうちに湯に浸けられるバスタブ越しに、全力で泣いてこそようやく与えてくれるミルクのその哺乳瓶越しにしか見ない無精髭面の男を見る時の娘の表情は、まだ感情表現が豊かでない乳幼児とは思えないほど、眉間に皺を寄せたり、まるで「アナタが私を満たしてくれるの? ところで、アナタ、どなた?」と言わんばかりに、素っとぼけた表情を見せたりして、その後ですぐに必ず顔を背ける。まだ首すら座っていないくせに、全力で顔を背ける。

そして娘は、ボクに抱き上げられる度に、ボクの顔を先に書いた表情で見つめながら、まるで戦闘中に気を集中させるドラゴンボールの悟空並みに全身に力を入れながら顔を紅潮させ、ブビビビビーッと勢いよくクソをする。ボクはどうやら彼女にクソ始末係に任命されたようで、その度に、さっき抱き上げたその身体を下ろし、母乳とミルクしか与えていないのにそれなりに臭いクソの付いた紙オムツを剥がし、まだ刺激に弱い肌を気にしながら、下半身についたそれらをソロリソロリと丁寧に拭き取り、「早くしろよ!」と言わんばかりに暴れる両足の間隙を縫って新しいオムツを装着する。そしてようやく再び抱き上げるも、再びボクの顔を見る彼女はその顔を紅潮させブビビビビ。
ため息交じりの笑いをこぼしながら、再び彼女を腕から下ろす日々。
オムツを替えている最中にもブビビビビ。オシッコも何度も手のひらで受け止めたよ。

___生まれた時から反抗期。そんなキャッチフレーズを付けた娘がボクに微笑んでくれる日を夢見て、親バカな日々は続く____。
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___2018年10月14日午前10時44分 女児誕生、この歳で。

他人様より早く訪れた思春期から現在までの約40年にも及ぶ自身の半生の、これまで自分の股間にぶら下がっているコイツがしでかした事のひとつひとつを、せめて思い出せる分だけでもと、既に曖昧になりつつある記憶力をフルに使い鑑みても、やはり自分には次代に残す種のひとつぶも残っていないであろう、ならばせめて甥っ子たちを含め、他人の子らを無責任に可愛がって生きてゆこうと、とっくに心に決めていた昨年9月。

2代目嫁であるハナモゲラッチョ・セバスチャンから子供が欲しいと言われた時に、間髪入れずに返した「まず検査を」という言葉から始まった不妊治療。
これまでの半生においての数え切れない使い捨て、試し打ち、暴発に加え、昨年のパンコール島で足の手術後まもなくして原因不明の高熱にうなされた数日間(「平熱36.2度→高熱40.8度」2017年3月10日:参照)で、白髪交じりの密林の奥深くに潜伏する我が軍の残党兵はことごとく敵軍の火炎放射器によって焼かれたに違いないと思っていた自分にとって、まずは2代目嫁を納得させる事が大切であり、その為の不妊治療だった。

不妊治療はお金もかかるし、なにより女性の身体と精神に負担がかかる事は、誰でもご存じだろうけれど、実は男も精神的に辛いわけで、これより書く事は、女性の大変さを重々承知した上で、不妊治療を経験した世の中の男性たちの、あまり堂々と拳を突き上げきれない嘆きと思って読んで欲しい。

間もなくして、段取りの早い2代目が主治医から紹介してもらったクリニックに通う事となり、その気が起こりそうにもない小綺麗な小部屋に案内され、クリニックが用意している「好みじゃないアダルトDVD」数本を、ズボンもパンツも下ろした情けない姿で、使い捨ての消毒紙が敷かれた椅子に腰掛け、死んだ魚の目をしながら、反応おぼつかない我が銃を片手に、もう一方の手にはDVDプレーヤーのリモコンを持ち、次から次へとDVDのチャプターボタンを押しながら「これぢゃない、これでもない、これぢゃ起たない、嗚呼時間がない、でも出さなきゃいけない」と、なんだか自分が養鶏場のプロイラーに思えて仕方なかったあの小部屋。

そして時間を気にしながらも、風貌もサービスも悪い風俗嬢相手に文句も言えず、結局自身で処理してしまった時のような男の哀しい性の入ったボトル片手に小部屋を出て、検査室前のボックスに入れ、待合室で待つ事小一時間。
夫婦共々、診察室に呼ばれ、医師から「男の成績表」を見せられながら説明を受けるのだけれど、数々の戦禍の中で朽ち果てたと思われていた残党兵たちが僅かながらまだ生き残っている事に素直に驚き、だったら今まで何故、他の女性たちとの間に出来なかったのかと、そんな素朴な疑問を口にした瞬間、隣に座る2代目にパンッと額を叩かれた、初対面の医師の目の前で。

世の中の不妊治療を経験した旦那さんと違い自分が楽なのは、「次回はあの小部屋に出張風俗嬢を呼ぶ」だの「それがダメなら自分好みのバカ高いダッチドールを背負って電車でクリニックまで行く二宮金次郎みたいに」だの、けして公共電波には乗せられないコントのネタのような男側の不平不満を時折ツッコミを入れながら笑って聞いてくれる家内であるという事で、これには多いに頭が下がる。

「だってDVD入れ替えるのも、こっちの手は使えんやんか。だから片手でこーしてこーして、次のDVDをパッケージから取り出す時も片手やし、なかなか取れんし、時間気になるし、チンチン出したままやし。」
え?もういい? そうか。男同士なら死ぬほど解り合える話なんだがね。

普段の自慰行為ですら不妊治療スケジュール中心なので、催した時に出来るわけでもなく、催さなくても出さなきゃいけない日には必ず出して、あとは次回クリニックに行く日まで弘法大師なみの悟りの境地でいなければならない。
毎日時間通りにホルモンの薬を飲んだり貼ったりしなければならない女性に比べれば、そんなのたいした事ではないと一般的には思いがちだけれど、一方は生理現象を抑える精神的苦行であり、もう一方は義務であるので、自分からすれば、そもそも比べるモノではなくどっちも大変なのだよ。

苦行僧の境地のまま、クリニックに通い、鶏のように小部屋で出す事数ヶ月、奮わぬ成績と結果に、金銭面的な事も考慮し、早々と体外受精に切り替えて臨んだ数回目には、自分の好みの動画を持参するまでになり、これから治療に臨まれる男性は、恥ずかしがらず初回からフル装備で向かわれる事をお薦めする。男からすれば負けた気分の種より勝った気分の種の方が良いし、ホラ。

自分が日本不在中に使用する為に、最後に「勝った気分」で出した種を冷凍保存したのを確認し、毎年恒例のマレーシア・パンコール島に旅立って5日目。家内から懐妊の知らせを聞く。
「それは勝った気分のヤツぢゃない、負けたヤツぢゃ。」と携帯電話越しに家内に文句を言いながら、一方で取り敢えず安堵するも、まだ不安定な時期なので、周囲に公言出来ず、島の友人たちに来年のパンコール島の話を出されても、ゴニョゴニョ言葉を濁しながら、取り敢えず今は、お腹の子をててなし児にせぬように、昨年のように現地で緊急手術だとか高熱だとかないように、仲間たちとのビーチバレーやサッカーに参加して怪我やら疲れで抵抗力が落ちぬようにと、仮病で体育の授業を見学する生徒に徹し、帽子も被らずボートの上で1日中イカを釣るなどというような腕白坊主も封印し、毎日バイクを運転する身においては、思い出した時にはヘルメットを被る事をなるべく心掛けて、詰まりはすべてにおいて自分なりに自重して過ごした約2ヶ月半のパンコール島生活だったのだよ。
一方、日本では、亭主不在の中、毎日仕事に通いながら、時折点滴を打ちに病院に行かなければならないレベルの悪阻(つわり)を繰り返す家内。結局、その酷いレベルのつわりは、自分が日本に帰国する5日前まで毎日続いたそうで、帰国後の家内の視線が痛いったらありゃしない桜散った4月初旬。

予定していた毎夏恒例の沖縄・伊平屋島にも家内は行けず、検査で女児と判ってから以降、「チンチン付いてないといろんな意味で弄ってやる事も出来んやん、つまらん。」と落ち込む自分に反発するかのように膨らんだ腹の中でうごめきを見せる7月。

切迫早産のおそれがある事から予定より数日早く産休に入ってすぐの8月初頭から、ほぼ1ヶ月近く、よりによってなんでこんな時にと感じるほど珍しく忙しい仕事の合間を縫って、入院した家内の病室に、ほぼ毎日のようにノンカフェインのお茶を始め、毎週日曜日には「刑務所だって時々は甘いもん出るし」と、菓子を差し入れ、家内も行くはずだった長野にある恩人の墓参りに友人と二人で行き、2週間ローテーションで同じメニューに戻る病院食に辟易している家内に、こっちは旨い物ばかりと長野から美味しい料理の画像を送ってやった8月。

担当医によると、このぶんだと9月半ばには生まれるかもしれないとの事で、今生まれてしまうとまだ未熟児専用の無菌ボックスの中に入れられるし、障害が出るおそれもまだまだあるしで、退院後も毎日、何処か緊張感の中で過ごしていたのだけれど、9月半ばを過ぎてもその気配すらないので、次第に開いた骨盤の痛みから逃れるかのように、毎日、彼方此方に1人で出歩くようになった家内を仕事場である自室から見送る日々が過ぎ___。

お印が来ても当初の予定日の10月9日を過ぎても一向に気配のないその膨らんだお腹を軽く叩きながら「あんたまで家賃も払わんとこのまま居座る気か!? 不法占拠や! 腰も限界やし強制執行いたします!」と言っているその言葉を、丸めた背中で受け流しながら過ごしていた昨日土曜日。
徹夜続きで睡眠サイクルが崩れ、夕方から寝ていた自分が家内から起こされたのは夜9時過ぎ。
不確かではあるけれど、破水しているみたいだと言うので、病院に連絡を入れると、出産の為に荷支度をしていた入院セットを持ってすぐに来るようにと言われ、昼間のうちにシャワー浴びてて良かった臭くないもん、と思いながら病院に向かい、車を降りた後、何度も二の腕辺りをクンクン嗅ぎながら、やっぱり臭くない安心と救急外来口から産科病棟まで広くて薄暗い夜の大学病院内を歩くのだけれど、夏に1ヶ月近くお世話になっている病院なので、家内も自分も勝手知ったるトコロもあり不安もまったくない。
家内はそのまま検査を経て入院。
「明日の朝から陣痛誘発剤を用いて出産に入るので、ご主人は9時前には病院に来て下さい。」と言う看護師さんからの言葉を持ち帰った午前0時前。

約束通り、寝坊もせず、翌日曜日午前9時前に病院に行くと、病室ではなく、陣痛室に通され、目の前には苦痛を浮かべ涙目で処置台に横たわる家内の姿が。事前のマタニティクラスで教わった通り、陣痛が来る度に家内の座骨を握り拳で押してやるも、どうやら力が足りないらしい。
「全力でやっていいの? 痛いぞ?」と聞いてもそれでも良いと痛みを堪えた震え声で言うので、座骨が折れんばかりの力で押すと、それが正解だったらしいので、陣痛の痛みでそんなんだったらお産になったらどーなるの?

座骨を押す事30分。そろそろ分娩の態勢に移るとの事で、分娩は立ち会わない自分はロビーで待つ事にしたのだけれど、初産だし、そんなに直ぐには出てくる事もないだろうと、病院を抜け出し、最寄り駅の傍の喫煙所で暫く頭上の曇り空を見上げた後、再び病院に戻り、余りにも手持ち無沙汰のせいで、さっき吸った電子タバコを再び吸いたくなるという欲求を抑える事が出来ず、再び病院を抜け出そうと、それなりの言い訳を看護師さんに言ってみたのだけれど、生まれてくる時間は分からないし、ひょっとしたらもう生まれてるかもしれないし、とごもっともな意見に論破され、たしなめられた駄々っ子よろしく、口を尖らせてロビーの椅子に腰かけ待つ事約30分。
「おめでとうございます、生まれましたよ。」
我が儘な父の気持ちを察してくれた子は、初産にもかかわらず陣痛から僅か3時間で出て来てくれた。

がしかし、思いのほか出血量が多いのと痛みのせいで、普段他人の前では見せない姿で泣いている2代目の方が心配になり、看護師さんの「元気な赤ちゃんで良かったですね。」と我が子へ視線を促してくれる気遣いを他所に、「それより大丈夫ですかね? アレ。アレが普通なんですかね?」と、分娩台の上の家内の状態の方が気になり、正直、子供どころではなかったのは、そもそも自分の中では、子供を授からない人生を覚悟していて、それは妊娠を知ってからこちらも、「まずはアンタ在りき。アンタが健康で笑ってないとなんの意味もない。」と2代目に言い続けてきた気持ちは、子供を授かって間もない今現在も変わっていないのだけれど、これから徐々に変わるのかね? コレも。

という事で、この歳で父になるという壮大なコントのキャストがようやく出揃いました事、この場をお借りしてご報告申し上げますと共に、今までご心配をお掛けした仲間内の皆様に厚く御礼を申し上げます。

さてさて、こんな歳だし、いつまで型破りな父親役が出来るのやら___。

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10月なのに30℃越え

長時間パソコンの前に座っているせいで凝り固まった首筋をほぐす為、周囲の目も気にせず、グリングリンと頭を振りながら歩くうどん屋までの道すがら、季節外れの暑さと連日徹夜続きですでに溶けかけのアイスクリームな脳みそが、その頭の動きで攪拌され、耳からこぼれ落ちるんぢゃなかろうかと心配になり、動きを止めたと同時に視界に入ってきたビルの壁のポスター。

其処に貼られている来月から開催される酉の市のポスターに、嗚呼、こんなに暑くても、すぐに冬はやって来るのだなと季節の移ろいを感じながら、例年であれば毎年、この時期ぐらいからマレーシア・パンコール島に行く準備を少しずつ始めるのに、今年はそれも出来ないのか、嗚呼、つまんねー、神も仏もありゃしねー、と季節外れの陽気とは裏腹に薄青色した秋の空を見上げる神無月。

アンタ、4月に帰国してまだ半年しか経ってないぢゃないというツッコミは聞こえない、聞きたくもない___。

無理なく自分に出来る事が大切

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先日の北海道地震でお亡くなりになられた方々のご遺族に心からお悔やみ申し上げます。
また、震災被害に遭われた多くの方々。遠く離れた地からでは想像もつかない憂いや不安があると思いますが、1日も早く平穏な日々が取り戻せますよう願っております。

こちらも、なんらかのカタチで手助けが出来ればと、日々、コンビニのレジ横や店先に設置された義援金箱に、無理のない程度の額を入れさせて頂いてはおりますが、その義援金の行き先までは未確認のため、万が一、体臭のやたらキツイ留学生アルバイト店員くんたちのお小遣いになっていたとしても、「だったらその金でまず消臭スプレー買えよ」と、ツッコまれる寛大な心が復興への糧となるやもしれませんし、何卒ご了承下さい___。

稲穂は実りボクは枯れる

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平成最後の夏の今年は例年に比べ台風の発生個数が多く、その中でも一番強い勢力の台風が徐々に日本列島に近づいている9月初頭。

自分は未だに8月初頭に受け、初期に設定した納期をとっくに過ぎたデザイン仕事の直しを中心にパソコンの前で地蔵と化す日々が続いている。ひとつひとつの作業の山場を越えるその度に、右腕と一体化しそうになるマウスから手のひらを剥がし、火を付ける必要のなくなったつまらぬタバコを口に咥えながら、目の前のディスプレイに映る、クライアントから修正や追加の要望がある度にどんどん格好悪くなってゆくそれを眺めながらつく大きなため息が足元にゴロゴロ転がる自宅の作業場。

この仕事の影響もあり今年のお盆も帰省出来ず、父親の墓掃除も出来ていないし、先週郷里で開かれた同窓会にも出られていない。当然、友の顔にも逢えていないし、腕白盛りの甥っ子たちとも遊べていないし、年老いた母に憎まれ口もきけていない。

この歳になると、大切なモノも自ずと減り、その順番と位置づけぐらいは揺るがさない自信はあったのだけれど、仕事を真面目にすればするほど、その大切なモノとかけ離れてゆくこの感覚がどーにもこーにも嫌でならない。昨年までは、この先数ヶ月後から翌年春までマレーシア・パンコール島滞在という項目があり、それに向けて頑張りようもあったのだけれど、今年は諸事情で渾身のデザイン同様、その項目も削除されている。つまらぬ。

___あれ? こんな事をする為に郷里の高校を中退して遙々東京にまで出て来たんだっけ俺?
などと思い、今日一番の大きなため息をつく自分を、スタンドに立てられたままのギターたちがフンッと鼻で笑う9月の真夜中_________。

___随分とこちらとFacebookを、というか世間様との繋がりをサボっている。
5月の東京でのライブの告知記事を書いた前回から今まで、ライブの御礼すら皆にしないまま、6月初頭の柏でのライブ、6月半ばの高知でのライブ、6月後半の自身の誕生日を中心に大好きなメロンを食べまくった結果、アレルギー症状でのたうち回った事や、7月の今年で28年目となる沖縄・伊平屋島でずっと便秘に悩まされた事を始め、最近では自作の歌詞も間違えがちな自分が、この夏、甲子園3回戦にまで進んだ高知商業の校歌を母校でもないのに暗譜で唄える無駄な情熱だったり、お盆休みも関係無く長時間働いた結果、ひとつの仕事を時給に換算するとメキシコの最低賃金を下回る、これまた無駄な情熱だったり、その他の日常での出来事や感情を何ひとつ書き留めないまま今に至るわけで、此処をたまに覗いてくれるアナタには大変申し訳なく思ってはいるのだよ。

申し訳ないついでに、現状を説明しようにも、此処では詳しい事が話せず、遠回しな言い方でこれまた申し訳ないのだけれど、諸事情で8月初頭からずっと独りの暮らしが続いており、たまに友人とご飯に出かけたりはするのだけれど、やはりメインは毎食事前に独りで割り箸をパチンと割る、端から見ると一見寂しい男の独り暮らしが続いているのだけれど、当の本人はそんな淋しさを片方の天秤に、もう片方に堂々とHなビデオを見られる喜びだったり、散らかしっぱなしでも叱られない喜びを乗せ、うーんどっちかなーと、毎日変わるその傾きを片眼をつぶって凝視して、自分の意思に関係無くどのみち来週半ばまでは独りなのだからと、自由の乗った天秤の皿を指で押し下げる愚者なので、心配する方が無駄というもの。

来月か再来月にはこの『諸事情』という煩わしい言葉を使わずに、Facebookにも書いた「18年間、ほぼ毎年1年のうちの2〜3ヶ月を過ごしたマレーシア・パンコール島滞在ライフが今回で暫く小休止する」理由も含め、全ての事を明らかに出来ると思うのだよ。ま、それを書いたところで、この戯れ言をサボっていた理由には全くならないのだけれも。

どーしてもSNS等で世間様と繋がっておかなければ不安になるわけじゃなし、小まめに更新したところで仕事が増えるわけじゃなし、だったら、これをたまに読んでくれる物好きなアナタが許してくれるのであれば、もう少しだけこのまま『半裸なだらしなさ』でいさせて下さいまし____。

今年7月の伊平屋島にて。『すまし顔でも熱中症、おまけに便秘』
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今週土曜は『男の浪漫を守る会』です

2018年05月19日(土) 三鷹バイユーゲイト
OPEN 18:00 START 18:30 CHARGE ¥3,000 別途1drink order
1部 Vo&Ag 冨岡ツカサ, Ba 古川真一, Dr&Per ヒロエちゃん
2部 Vo&Ag 冨岡ツカサ, Ag&Cho 冨士忠洋

週末にかけて下り坂に向かう空模様の下、三鷹くんだりまできっと来てくれるであろうアナタをけして飽きさせないように、毛色の違った1部と2部を、出来るか出来ないかは別としてたっぷりと用意してあるし、個人的重大発表を含め、此処でさえ書けない内容の身を切ったMCトークを、当日来てくれた男性諸君と一緒に深く深く頷きたいので、日々、世の中の女性の『理不尽な正論』に奥歯を噛みしめっぱなしの男性諸君よ、集え! 共に拳をあげようぞ! ジークジオン!!_____。

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